染の心
近藤の
染の心

家業永遠の息吹
創業明治31年。藍染めからスタートしました。
徳島から旭川へ開拓移民として入った初代の近藤仙蔵が、1898年に現在の場所で〈近藤染舗〉として創業。徳島は藍の産地だったこともあり、冬はとてもしばれる(冷え込む)旭川でも、1936年まで藍染めをしていました。
家訓「家業永遠」の精神を守り続け、戦後より大漁旗で代を継ぎ、現在もまだ近藤染工場は進化し続けています。
「刷毛引き」本染め一筋に、こだわり貫く近藤染工場
伝統の技と心を今に受け継ぐ、近藤染工場の本染め。本染めと称して簡易な染色技法が流通し、量産向きの機械染めが氾濫する時勢にあって私達は、白い布に命を吹き込むように職人がひと刷毛ひと刷毛手染めしていく「刷毛引き」の本染めを頑固に守り通しています。
刷毛引き本染めは、古くから様々な形で日本人の暮らしを彩ってきた伝統工芸の文化です。裏表なく染め上がる本染めならではの美しさと温もりのある風合いの中に、人々は慶祝や祈願の心を託してきました。
見る人を惹きつける、繊細で鮮やかな染め色。掲げる人、纏う人の心意気を伝える、堂々の風格と質感。近藤染工場は、染めを通して人と人、心と心をつなぐ手仕事を生業にしています。

下絵
大漁旗の下絵は、過去から積み重ねてきた図柄サンプルをもとに、1枚1枚手描きで専門の職人が描きます。力強い肉太の文字で、パソコンのフォントでは出せない迫力を表現します。
文字を際立たせる絵柄も、過去からの積み重ねで現在は80種類以上。サンプルに無いオリジナルの絵柄のご希望にも添います

筒描き・型糊置き
水で落ちる染料の緋紅(ひべに)で描かれた下絵の上から、防染糊を置きます。筒皮を絞りながら、文字や絵柄の染まらない部分(色と色の境目)に糊を置いていきます。
この時点で文字や絵柄の良しあしが決まる重要な工程です。この道15年~20年以上の熟練の職人が手早く、美しい直線・曲線を描いていきます。
ちょっとした角の取り方や線の揺らぎで、全体の印象が一気に変わります。ここにも、プリント染めにはない、人の手により生み出された美しさや力強さが表現されます。 ロゴマークや数物の染めでは、シルクスクリーンの型を使って糊置きをします。

ひと刷毛入魂、刷毛引き本染め
当工場では現在、捺染(プリント染め)業者が多い中、全国でも数少ない本染め専門工場として代々から教え伝わる刷毛引き本染めを貫いています。
生地を宙に浮かせた状態で、大小の刷毛を使い分けて染めていきます。たっぷりと染料が生地に浸透し、裏も表と同じように鮮やかに染まります。
ぼかしやグラデーションのような表現も自在です。染料は時間がたつと乾いてムラになりますので、ここでも手早く均一に染める職人の技術が光ります。
3~4人の職人で一度に1枚の大漁旗を染め、多い時は1日20枚程度染めます。のれんやのぼりなど、屋外で継続的に使用するものは、色褪せしづらい顔料を使用します。

水元(水洗)
工場の作業で最後の重要な工程となる、水元(水洗)。この地旭川は大雪山の豊富で良質な伏流水のおかげで、鮮やかな発色を生み出してくれます。
ここも職人の腕の見せ所です。水洗の最初には余分な染料が流れ出ますが、素早く流さないと白地に色が移ってしまいます(白場汚染)せっかくの染め物がその時点でダメになってしまうこともあり、神経を使います。日の丸は簡単そうに見えますが、実は最も白場汚染の影響を受けやすく、注意が必要な商品です。

縫製
最後に旗を完成形にするために縫製します。旗のほかにも棒通しのチチが付くのぼり、のれんや祭袢天など、仕立ての複雑な商品もあります。
こちらも熟練の仕立て屋さんが担当し、しっかりとした美しい商品に仕上げます。縫製の良さも当社の自慢です。
